青い玉と銀色のふえ

『青い玉と銀色のふえ』の解説

  • タイトル青い玉と銀色のふえ
  • 著作者小川 未明
  • 書籍名定本小川未明童話全集 14
  • 出版社講談社
  • 出版年1977年12月10月
  • 制作年?
  • 製作国不明
  • 言語新字新仮名
  • 著作権状態パブリック・ドメイン
  • 初出「たのしい三年生」1957(昭和32)年1月
  • 『青い玉と銀色のふえ』の全文

    北のさびしい海のほとりに、なみ子の家はありました。ある年、まずしい漁師であったおとうさんがふとした病気で死ぬと、つづいておかあさんも、そのあとを追うようにして、なくなってしまいました。かねて、びんぼうな暮らしでしたから、むすめのなみ子にのこされたものは、ただ青い玉と、銀色のふえだけでありました。

    青い玉は、ずうっと昔、先祖のだれかが、この海べのすなの中からほり出して、それが代々家につたわったのだということでありました。

    なにかねがい事があるとき、この青い玉にむかって、真心をこめておねがいすると、その心が神さまに通じてかなえられるというので、おかあさんはこの青い玉を、とてもだいじにしていました。

    玉はつやつやしていて、深い海の色のように青黒く、どこまで深いのか、底が知れぬように、じっと見つめていると、引き入れられるような気がしました。

    そして、真心をこめておいのりをすると、青い玉の表に、海の上をとびさる雲のように、いろいろなことが絵になってうかんできて、ゆくすえのことをおしえてくれるのでした。

    また、あるときは、青い玉がまっかにほのおのようになって見えたり、玉にひびがはいったりして、不安な気持ちをいだかせることもありました。

    「これには、ご先祖のたましいがはいっているんです。」といっておかあさんがこの青い玉をだいじにしたのも、ふしぎではありません。

    おとうさんの持っていた銀色のふえは、その音色を聞くと、さびしいあら海にすさぶあらしのように、なんとなくひとりぼっちの感じを起こさせたり、またあるときは、反対に心を引きたてて、のぞみとよろこびをもたせることもありました。

    そして、このふえの音がとどくところ、魚たちがその音をしたってよってくるので、思わぬ大漁がありました。

    「まったくふしぎなふえじゃないか。」

    「なんにしてもありがたいことだ。」

    漁に出た人々は、なみ子のおとうさんの銀色のふえを手にとって、ふしぎそうにながめるのでした。

    このふえもやはり、おじいさんのころからつたわっていましたので、これにも先祖のたましいがこもっていると、おとうさんは信じていました。

    なみ子は、おとうさんが心をこめて、このふえをふいた日のことをおぼえています。

    その日、海の上には、黒い雲がはびこり、いかにも北の国らしいものすごいけしきでした。

    雲の間からいな光がもれ、かみなりが鳴っていました。

    「こんな日には、はたはたがとれそうだ。」と、おとうさんはいいました。

    そして、ひさしぶりに大漁にしてみんなをよろこばせたいと、銀色のふえを持っていきました。

    おとうさんが船の上でふえをふくと、たくさんの魚が、波の上でおどりました。いかやさばも、むれをつくってよってきて、思わぬ大漁になりました。

    「季節はずれに、こんなにいろいろな魚がとれたのも、みんなふえのおかげだ。」といって、人々は、浜に帰ってから酒もりを始めました。

    そして、人々は、お酒によいながら、おとうさんにそのふえをふいてもらって、その音色に耳をかたむけていると、またあすのはたらきに新しいのぞみがわき、たとえ、海があれていても、命をかけてはたらき、おたがいになかよくたすけあっていきたいという気持ちになるのでした。

    いさましく人々の心をうきたてたあのときのふえの音色を、なみ子は、いまでもおぼえていました。

    「もう一度、楽しかったあの時分になってみたい。」と、なみ子は思いました。

    ある日、青い玉と銀色のふえを持ち出すと、すなはまの上で、おとうさんやおかあさんのことをしのびながら、じいっとながめていました。

    「この青い玉は、おかあさんがだいじにしていらしたんだわ。ああ、この銀色のふえは、おとうさんが、みんなとお魚をとるときにふいたんだわ。」

    なみ子が、海の方を見ながらつぶやいていると、

    「やあ、なみちゃんか。そんなところでなにをしているな。」と、そこを通りかかったおじいさんの漁師が声をかけました。

    「海の夕日が、こんなに赤くうつるのは、おじいさん、おかあさんが、空からあたしを見ていらっしゃるのかしら。」

    なみ子は、青い玉にうつる美しい夕日をながめていいました。

    「おっかさんも、おとっつぁんも、そりゃあ、おまえさんをじいっと見まもっていてくださるな。早く大きく、りっぱなおとなになるのを待っていられるぞ。」と、おじいさんは答えました。

    「おじいさん、いまでもこのふえをふけば、お魚がよってくるかしら。」

    なみ子は、こんどは銀色のふえをとり出して聞きました。

    おじいさんは、なつかしそうに、にぶく光るふえをながめていいました。

    「そういえば、このごろしけで、魚がすくないんだな。魚がすくないと、ついつまらんことでなかまわれがしたり、けんかが起こったりする。おまえのおとっつぁんはりっぱな漁師だったから、どんなときでもけんかなどしなかったがな。」

    おじいさんは、なみ子のおとうさんを思い出してほめました。

    「おじいさん、このふえをかしてあげましょう。よくふいて、たくさん、お魚をとってください。」

    なみ子は、だいじなふえをさしだしました。

    「ありがとう。おとうさんのかたみのふえをかりていいのかい。」

    「魚がたくさんとれて、このはまの人たちがなかよくなれたら、おとうさんもきっとよろこんでくださるわ。」と、なみ子は心から答えたのでした。

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