君主論(第10-26章)

『君主論(第10-26章)』の解説

  • タイトル君主論(第10-26章)
  • 著作者ニッコロ・マキャベリ
  • 書籍名君主論(第10-26章)
  • 制作年?
  • 製作国不明
  • 言語不明
  • 著作権状態パブリック・ドメイン
  • 『君主論(第10-26章)』の全文

    第16章 気前の良さとケチについて

    上述した性質の1つ目から始めよう。私は、気前が良いと噂されることは良い事だと言っているのである。しかし、気前の良さは、その名声をもたらさない方法で使うと、あなたを害するのである。というのも、もし気前の良さを公正に使えばーそしてそうあるべきなのだがー、その事を皆に知られることはなく、それとは反対の非難を受けることが避けられなくなるからである。従って、人々の間で気前が良いという評判を維持しようと思うのなら、派手は性質を避けないということが必要なのである。その結果、君主はこのような行為に彼の全財産を使い果たすのである。そしてもし気前が良いという名前を保ちたいと望むのなら、最終的に、民衆を過度に圧迫し、税を課し、金銭を得るためにあらゆることを行うようになるのである。これによって臣下は君主を憎むようになり、君主が貧乏になると、誰からも評価されなくなるのである。その上、その気前の良さで、多くの者に不快感を与え、少数の者にしか報いなかったので、その些細な問題に影響され、些細な問題が何であれ、それによって危険にさらされるのである。これを認め、止めようとすれば、次はケチという非難を受けるのである。
     
    それ故、君主は自身の損害なくして、気前が良いという美徳を使うことができないので、もしその君主が賢いのなら、ケチという非難を恐れるべきではない。君主がより考えを巡らせれば次第に、倹約によって歳入は十分になる。そうすれば、あらゆる攻撃から自身を守ることもできるし、民に負担を強いることなく物事が成し遂げられるのである。その上、君主は奪わないことで、気前の良さを多くの人に使い、与えないことで、ケチを少数の人に使うのである。

    我々は今の世で、ケチと言われた者以外で偉業を成し遂げた者を知らない。他の者は滅びてしまった。教皇ユリウス2世は、気前の良さという評判を教皇位に就く手助けにしようとしたが、フランス王との戦争の際、その評判を保ち続けようとはしなかった。そして、そのフランス王は、戦争の際、臣に特別な税を貸さなかった。というのも、彼は長い間浪費をしなかったことで特別な場合の出費に備えたのである。現在のスオエイン王が、もし気前が良い人物と評されていたのなら、戦争を起こし、それに勝利することはなかったであろう。従って君主は、臣下から奪わないために、自身を守るために、貧困になり軽蔑されないために、そして強欲にならないために、ケチであるという評判を気にするべきではない。

    そして、もしカエサルは気前の良さによって国を手に入れ、また多くの者が気前の良さによって、そしてそうであることによって、高い地位を獲得したのではないかと、尋ねられるのなら、私は次のように答えよう。あなたは今君主であるのか、もしくは君主になろうとしているのか。もし今君主であるなら、気前の良さは危険であり、君主になろうとしているのなら、気前が良いと見なされることは必要である。そして、カエサルはローマ帝国の皇帝になろうとした者の一人である。しかし、彼が皇帝になった後も生き続け、支出を抑えなかったとしたら、彼は支配権を失っていただろう。そしてもし誰かが、多くの者が君主になり、軍事力でもって偉業を成し遂げた、そして彼らはとても気前が良いと見なされていたのだと返答するのなら、私は次のように答えよう。君主は自身や臣下のものを費やしたのか、それとも他人のものを費やしたのか。自身や臣下のものを費やしたのなら、節約するべきである。他人のものを費やしたのなら、気前の良さを発揮する機会を無視すべきではない。そして、強奪や略奪、ゆすりによって軍を進める際、つまり他人のものを使ってそうする場合は、気前の良さは必要である。そうでなければ、兵は君主に従わないであろう。そして、あなたやあなたの臣下のものではないものに関しては、キュロスやカエサルそしてアレキサンドロスがしたように気前良く与えた方がよい。何故なら、もしあなたが他人のものを浪費したのならば、あなたの評判は貶められることはなく良くなるのだから。そしてあなたのものを費やすことでのみ、あなたは害されるのである。

    そして、気前の良さ程早急に消耗するものはないのである。というのも、あなたがそれを使うと、あなたはそれを使う力を失っていき、貧しくなり軽蔑され、貧しさを避けようとして強欲になり憎まれるからである。君主はとりわけ、軽蔑されることと憎まれることから自分自身を守らなければならない。気前の良さは、この2つへと導くのである。従って、気前が良いという評判を求めることによって、憎しみに満ちた非難を生み出す強欲という名前を招くよりは、憎しみのない非難をもたらすケチという名前を招く方が、より賢明なのである。

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