君主論(第10-26章)

『君主論(第10-26章)』の解説

  • タイトル君主論(第10-26章)
  • 著作者ニッコロ・マキャベリ
  • 書籍名君主論(第10-26章)
  • 制作年?
  • 製作国不明
  • 言語不明
  • 著作権状態パブリック・ドメイン
  • 『君主論(第10-26章)』の全文

    第10章 あらゆる君主国の力をいかに測るべきか

    こうした君主国の性格を考察するにあたっては、別の観点が必要である。それはつまり必要に際して、君主が自分の諸々の力量によって国を支えることができるか、それとも絶えず他者の助力を必要とするかという点である。更に明らかにするならば、自立した君主というものは、攻撃を加えてくるのが何者であれ、潤沢な人材や財力によって戦いに加わるのに十分な軍を立ち上げて、打って出られる者であろう。しかし他者の助力を必要とする君主は、戦場に出て敵と対峙することができず、壁の向こうに隠れて身を守ることを強いられるのである。1つ目については先に論じた通りであるが、追々また述べなければならないだろう。2つ目については、こうした君主には備蓄に努めて都市の守備を固めること、そして町の周辺地域は一顧だにせず防衛するな、と言って励ます他ない。町の防衛を強固なものとし、臣民の懸念の取り扱いについても、先に述べ、今後もしばしば繰り返し述べるやり方で行えば、敵がよほどの注意を払ってこない限りは、攻撃を加えられることは決してない。というのも、人は困難な企てには反対するのが常であるから、自分の町の守備をしっかり固め、臣民からも憎まれていない君主を攻撃することが容易とは思えないからである。

    ドイツの諸都市は小さいながらも完全に自由であり、周辺の領地も少ない。また、これらの都市は自分たちに都合がよければ皇帝に服従する。しかし彼らは皇帝も、近隣にいる権力者の誰をも恐れない。なぜなら、これらの都市は不意打ちを仕掛けて略取しようにも、それを成し遂げるのは煩わしく困難であると思わせるような方法で防御を固めているからである。彼らにはきちんとした掘割と城壁があり、満足な数の大砲を所有し、公共の倉庫に1年分としては十分な飲料や食糧、燃料を貯えている。さらに国に損失を与えることなく人々を落ち着かせる手段として、彼らは公共の仕事を有している。そうした仕事は都市の生命であり強さともなり、これに携わる人々に日々の糧を与える。また彼らは軍事演習を信望し、それを維持するための多くの法令を定めているのである。

    従って、強固な都市を持ち、誰からも憎まれていない君主は攻撃されることはない。もしも攻撃する者がいても、撃退されて不名誉を被るだけである。また、このご時世はとても不安定であるので、誰の干渉を受けることなく軍をまるまる1年維持し続けるのはほとんど不可能である。しかし、こう応酬される向きもあるかもしれない。都市の外に物を所有している人々がそれを燃やされたとしたら、彼らの忍耐は長く続かないだろうし、長期に渡る包囲と利己心は君主の存在を忘れさせるのではないだろうか、と。これに対する私の答えはこうだ。強力かつ勇敢な君主は、あるときはこのような困難は長くは続かないと臣民に希望を抱かせ、あるときは敵の残虐性への恐怖を煽り、そしてあるときは無謀になりがちな臣民から巧みに自身を守るのである。

    加えていうならば、敵が到着と同時に都市の周辺地域に火を放たち、破壊するのは必然であるが、その時点ではまだ人々の心は高揚しており、防御の備えも出来ているから、君主は何も躊躇うことはない。しばらくして心が落ち着いたころには破壊は行われてしまっているので、既に被害を被った後であり、手のほどこしようは無いのである。その結果、市民たちには君主の下さらに強固に団結する心構えができる。というのも、今や彼らの家と財産は、君主を守るために燃やされ破壊されたのだから、君主は彼らに対する義務を果たすべきであるかのように見えるからだ。利益受けるのと同じくらいに与えることによっても義務があると感じるのが人の性分である。そうしたわけで、全てをよく考慮すれば、彼らの衣食住を補償し防衛に失敗しない限り、賢明な君主にとって市民の気持ちを最初から最後まで変わらないままにするのは難しいことではない。

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