毛沢東語録(毛主席語録)

『毛沢東語録(毛主席語録)』の解説

日本では『毛沢東語録』として知らえる『毛主席語録』は、中国共産党中央委員会主席・毛沢東の語録。

毛沢東の発言や著作の引用などを集めたもので、1966年に林彪・党副主席兼国防部長によって編纂が命じられた。

本日本語訳は、中国の外文出版社によって公式に日本語訳された翻訳を元にしている。

  • タイトル毛沢東語録(毛主席語録)
  • 著作者毛沢東
  • 書籍名毛沢東語録(毛主席語録)
  • 制作年1966年 - 1966年
  • 製作国中国
  • 言語不明
  • 著作権状態パブリック・ドメイン
  • 『毛沢東語録(毛主席語録)』の全文

    6.帝国主義とすべての反動派はハリコの虎である

    われわれの前には2種類の社会的矛盾がある。すなわち、敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾である。これは性質のまったく異なった2種類の矛盾である。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾という2種類の異なった矛盾を正しく認識するためには、まず、人民とは何であり、敵とは何であるかをはっきりさせなければならない。……現段階、すなわち社会主義建設の時期においては、社会主義建設の事業に賛成し、これを擁護し、これに参加するすべての階級、階層、社会集団は、みな人民の範囲にはいり、社会主義革命に反抗し、社会主義建設を敵視し、破壊するすべての社会勢力と社会集団はみな人民の敵である。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    わが国の現在の条件のもとでは、いわゆる人民内部の矛盾には、労働者階級内部の矛盾、農民階級内部の矛盾、知識人内部の矛盾、労農両階級のあいだの矛盾、労働者・農民と知識人とのあいだの矛盾、労働者階級およびその他の勤労人民と民族ブルジョアジーとのあいだの矛盾、民族ブルジョアジー内部の矛盾その他がふくまれる。われわれの人民政府は、人民の利益を真に代表する政府であり、人民に奉仕する政府であるが、この政府と人民大衆とのあいだにも一定の矛盾がある。この矛盾には、国家の利益、集団の利益、個人の利益のあいだの矛盾、民主と集中との矛盾、指導するものと指導されるものとのあいだの矛盾、国家機関の一部の要員の官僚主義的な作風と大衆とのあいだの矛盾がふくまれる。この種の矛盾も、人民内部の矛盾の1つである。一般的にいえば、人民内部の矛盾は、人民の利益の根本的一致を土台とする矛盾である。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    敵味方のあいだの矛盾は敵対的な矛盾である。人民内部の矛盾は、勤労人民のあいだでは、非敵対的なものであるが、被搾取階級と搾取階級とのあいだでは、敵対的な1面のほかに、非敵対的な1面もある。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    わが国人民の政治生活において、われわれの言論や行動の是非をどのようにして判断すべきであろうか。わが国憲法の諸原則にもとづき、わが国の最大多数の人民の意志とわが国の各政党がたびたび公表してきた共通の政治的主張にもとづいて、その基準を大体つぎのように規定することができる、とわれわれは考える。(1)人民を分裂させるのではなくて、全国各民族人民の団結に有利であること。(2)社会主義的改造と社会主義建設に不利ではなくて、社会主義的改造と社会主義建設に有利であること。(3)人民民主主義独裁を破壊したり、弱めたりするのではなくて、この独裁を固めるのに有利であること。(4)民主集中制を破壊したり、弱めたりするのではなくて、この制度を固めるのに有利であること。(5)共産党の指導からはなれたり、これを弱めたりするのではなくて、この指導を固めるのに有利であること。(6)社会主義の国際的団結と全世界の平和を愛する人民の国際的団結をそこなうのではなくて、これらの団結に有利であること。この6項目の基準のうち、もっとも重要なのは、社会主義の道と党の指導という2項目である。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    反革命分子を粛清する問題は、敵味方の矛盾の闘争の問題である。人民の内部にも、反革命分子を粛清する問題について、いくぶん異なった見方をしている人びとがいくらかいる。2種類の人びとの見解がわれわれの見解と異なっている。右翼的な思想の持ち主たちは、敵味方を区別せず、敵を味方だと考えている。広範な大衆が敵だと考えている人びとを、かれらはかえって友人だと考えている。極左的な思想の持ち主たちは、敵味方の矛盾を拡大し、はては人民内部のいちぶの矛盾をも敵味方の矛盾とみなし、もともと反革命でないいちぶの人びとをも反革命とみなしている。この2つの見方はともに間違っており、どちらも反革命分子を粛清する問題を正しく処理することができず、また、反革命分子を粛清するわれわれの仕事を正しく評価することができない。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

     質の異なる矛盾は、質の異なる方法でしか解決できない。たとえば、プロレタリアートとブルジョアジーとの矛盾は、社会主義革命の方法によって解決され、人民大衆と封建制度との矛盾は、民主主義革命の方法によって解決され、植民地と帝国主義との矛盾は、民族革命戦争の方法によって解決され、社会主義社会における労働者階級と農民階級との矛盾は、農業の集団化と農業の機械化の方法によって解決され、共産党内の矛盾は、批判と自己批判の方法によって解決され、社会と自然との矛盾は、生産力を発展させる方法によって解決される。……異なる方法によって異なる矛盾を解決すること、これはマルクス・レーニン主義者の厳格にまもらなければならない原則である。
    – 「矛盾論」(1937年8月)、『毛沢東選集』第1巻

     敵味方のあいだの矛盾と人民内部の矛盾というこの2種類の矛盾は、性質が異なっており、解決の方法も異なっている。簡単にいえば、前者は敵味方をはっきり区別する問題であり、後者は是非をはっきり区別する問題である。もちろん、敵味方の問題も一種の是非の問題である。たとえば、われわれと、帝国主義、封建主義、官僚資本主義などの内外の反動派とは、いったいどちらが正しく、どちらが正しくないのかということも、やはり是非の問題である。しかし、これは人民内部の問題とは性質の異なった別の種類の是非の問題である。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    思想的性質に属する問題や人民内部に属する論争の問題は、すべて、民主的な方法によってのみ解決することができ、討論の方法、批判の方法、説得と教育の方法によってのみ解決することができるのであって、強制的、強圧的な方法によって解決してはならない。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    人民は、効果的に生産をおこない、学習をおこない、秩序だった生活をおくるために、自分の政府や生産面の指導者、文化・教育機関の指導者たちにたいして、強制をともなういろいろ適切な行政命令をだすことを要求する。このような行政命令がなければ、社会秩序は保たれようがない。これは人びとが常識として理解しているところである。これと、説得と教育の方法によって人民内部の矛盾を解決することとは、たがいにおぎない、たすけあう2つの側面である。社会秩序を維持するという目的のために出された行政命令もまた、説得と教育をともなわなければならす、ただ行政命令だけにたよっていては、多くのばあいうまくいかないのである。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    ブルジョアジー、小ブルジョアジーの思想意識はかならず反映してくるものである。かならず政治問題や思想問題で、いろいろな方法をもちいてかたくなにかれら自身を表現しようとする。かれらに反映させまい、表現させまいとしても、不可能である。われわれは、かれらが表現するのを強圧的な方法でおさえつけてはならず、かれらに表現させるべきであり、同時に、かれらが表現したばあいに、かれらと討論し、適切な批判をくわえるべきである。疑いもなく、われわれは種々さまざまな誤った思想を批判しなければならない。批判をくわえず、誤った思想がいたるところにはん濫するのを見すごし、それらが市場を占領するままにまかせておくのは、もちろんいけない。誤りがあればこれを批判し、毒草があればこれと闘争しなければならない。だが、この批判は教条主義的であってはならす、形而上学的な方法をもちいてはならず、できるかぎり弁証法的な方法をもちいるようにつとめるべきである。科学的な分析が必要であり、十分な説得力が必要である。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    人民の欠点にたいして批判が必要であるが、……しかし、真に人民の立場に立ち、人民を保護し、人民を教育するあふれるばかりの熱情をもって語らなければならない。同志を敵としてとりあつかうなら、自分を敵の立場に立たせることになる。
    – 「延安の文学・芸術座談会における講話」(1942年5月)、『毛沢東選集』第3巻

    矛盾と闘争とは普遍的であり、絶対的であるが、矛盾を解決する方法、すなわち、闘争の形態は矛盾の性質のちがいによって異なる。一部の矛盾は公然たる敵対性をもつが、一部の矛盾はそうではない。事物の具体的発展にもとづいて、一部の矛盾は、もともと非敵対性であったものから敵対性のものに発展し、また、一部の矛盾は、もともと敵対性であったものから非敵対性のものに発展する。
    – 「矛盾論」(1937年8月)、『毛沢東選集』第1巻

    一般的な状況のもとでは、人民内部の矛盾は敵対的なものではない。しかし、その処理が不適当であったり、あるいは警戒心をうしなったり、気をゆるめたりすると、敵対関係が生ずることもありうる。こうした状況は、社会主義国では、ふつう、局部的、一時的な現象にすぎない。それは、社会主義国では人が人を搾取する制度が消滅され、人民の利益が根本的に一致しているからである。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」 (1957年2月27日)

    わが国では、労働者階級と民族ブルジョアジーとの矛盾は人民内部の矛盾に属する。労働者階級と民族ブルジョアジーとの階級闘争は、一般的には、人民内部の階級闘争に属する。これは、わが国の民族ブルジョアジーが2面性をもっているからである。ブルジョア民主主義革命の時期には、かれらは革命的な1面をもつとともに、妥協的な1面ももっていた。社会主義革命の時期には、かれらは労働者階級を搾取して利潤を手に入れるという一面をもつとともに、憲法を守り、社会主義的改造をうけいれようとする一面ももっている。民族ブルジョアジーは、帝国主義、地主階級、官僚ブルジョアジーとは異なっている。労働者階級と民族ブルジョアジーとのあいだには搾取と被搾取の矛盾が存在しており、これはもともと敵対的な矛盾である。しかし、わが国の具体的な条件のもとでは、この2つの階級の敵対的な矛盾は、処理が適切であれば、非敵対的な矛盾に転化させることができるし、平和的な方法によってこの矛盾を解決することができる。もしも、われわれの処理が適切でなく、民族ブルジョアジーにたいして団結、批判、教育の政策をとらなかったり、あるいは民族ブルジョアジーがわれわれ のこの政策をうけいれなかったりすれば、労働者階級と民族ブルジョアジーとのあいだの矛盾は敵味方のあいだの矛盾に変わることになる。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

    社会主義国内部の反動派と帝国主義者はたがいに結託して、人民内部の矛盾を利用し、離間挑発をはかり、波らんをまきおこして、かれらの陰謀を実現しようとした。ハンガリー事件のこうした教訓にたいしては、みんなが注意をはらうべきである。
    – 「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(1957年2月27日)

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